2009年2月アーカイブ

昨日の雪から一転、今日は久々の晴れ間でしたね。

ケンツの大ガレージセールも大盛況、GSX-R1000K9レースベース車の実車見学も大盛況。ご来店されたお客様はなんと土曜日のレコード...

 

ガレージセールはやはり大物からなくなります。用意したGSX-R1000系のカウルはほとんど午前中で売れちゃいました。あっ、ホイールも足が速かったですね。反面、マフラーやサイレンサーは思ったほど動きませんでした。キャリパーやブレーキマスター、レバー&ステップ類といったものはコンスタントにレジを通過していきました。

残るところ30分を切ったところで、大物の新品ヘルメットと革ジャンがご成約〜!!

悪ノリして明日もガレージセール... なんて意見も出たのですが、たまに開催しての大ガレージセールですから、予定通り夕刻でめでたく終了となりました。

今日の大ガレージセールにお越し頂いたたくさんのお客さま、ありがとうございました。

 

話は変わりますが、弊社HPのトップページにもあるように、2009モデルGSX-R1000K9の逆輸入がやっと正式決定しました。フルモデルチェンジされたK9は今年の初めに「排ガスが通らないので逆輸入されない」なんてウワサがたっていましたが、世界一厳しい日本の排ガス規制や騒音規制にも見事にパス、MOTO MAP正規代理店のみ北米仕様の逆輸入車(フルパワー)が入荷します。

しかし、しかしです。この世界同時不況でさすがのGSX-R1000K9も生産台数が少ないようで、今年の日本への入荷は6月に入ってくるこの1ロットにみ、というではありませんか。それもこの1週間足らずの間にメーカーにオーダーをしなければならないなんて...

6月ロットの次は12月か来年1月入荷予定の、なんとK10モデルですと。それも「たぶん価格は上がります」ですと!

 

こんな理由がありまして、ケンツではGSX-R1000K9に対して至急のご予約をお願いしております。詳細はHPのトップページから入ってください。

あっ、このK9、めっちゃ速いみたいですよ...(オマケの情報)

 

 

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またまた登場、GSX-R100K9!! やっぱり見た人がすべて「600みたいにコンパクトだ」 って言ってました。ずっーとK9に恋い焦がれていたKさんが本日ご成約!! パチパチパチ(^^)

 

寒かったっす...

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今日はツインリンクもてぎへ。

DE耐!ミニバイク走行会のインストラクターです。昨日からの雨も止んで、フタを開けてみると110チームほどの参加がありました。

 

今日はめっちゃ寒かった。こういうのを寒の戻りって言うんんでしょうね。

しかし、もてぎのスタッフ曰く、今年は雪がほとんど積もることがないのでやはり暖冬でしょう、だと。例年だったら今頃は日陰に根雪があってもおかしくない時期なんだそうです。

今日の朝方7時のもてぎは5℃。これはしょうがないにしても、気温はお昼になってもまったく上昇の気配はなく、むしろ北風が吹き始めたら時間が経つに連れてどんどん下がって来る始末でした。

なんと15時には4℃まで下降...

でもまあ、今週中はすべて雨マーク(明日は雪だそうです)なので、寒くてもなんとか曇り空の下で走れたことを喜びましょう。

 

今日の走行会の印象を...

〇路面温度が低い割には転倒車がそう多くなかった。

〇トラブルストップもそんなに多くなかったかな...(まあ平均的?)

〇走行中の落し物(もちろんパーツです)も平均的な数だったけど、今日は大物が目立った。

その大物の収穫?は、ステムナット×1、チェンジペダル×1、そしてアンダーカウルが2ヶ...

心当たりがある方々、次回は落とし物をしないようにしてくださいね。

 

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向こうに見えるインストラクター用オートバイで、いざ出陣!!

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その1時間後。 体はともかく、オテテがイテテ... クラッチカバーで温めています;^^A

 

ニューカマー登場。

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つい先ほど、ニューカマーがやって来ました。

そう、GSX-R1000K9です。

 

GSX-R1000の09モデルといってもレースベース車ですから、書類は付いておりません。

すでに僕は何回かこの09モデルを見ているのですが、市販状態のものは初めてです。

フロントブレーキキャリパーが変更されていたり、モードスイッチがパドルシフト風になっていたりで、ほー、ということが結構ありました。

 

第一印象は「ちっちゃ!」。600と見まがう感じですね。

そして押し歩いてみると... 「軽!」でした。

個人的な感想として、スタイリングはGOODですね。よりシャープな線がボディライン全体に強調されていて、これを企画したデザイナーの顔(たぶんあの人!?)が浮かびます。

いまは店頭にありますが、早くレーサーに仕立て上げなきゃ。

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カッコいいよね。いっそうの軽量&コンパクトが進んでいる!

 

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メーター回りです。レッドゾーンはK8とほとんど変わっていませんね。

あっ、手が写りこんでいます... ごカンベンを ;^^A

 

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 フロントフォークはカヤバからショーワ製に変わった。伸び側、圧側両ダンパーがフォークトップで調整できるのもうれしいですね。

 

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上2枚の写真がパドルシフト風ABCモード切替スイッチ。親指と人差し指が大活躍です。

 

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右スイッチホルダーにはメーター切り替えスイッチが。オドメーターとかトリップをこれで操作するワケです。

ホンダやヤマハが電気バイクの開発で環境対策を遂行しようとしている中、カワサキは過給器付きのバイクで環境対策を進める模様... というニュースを耳にした。

 

つまりターボチャージャーなどの過給器を装着することにより、小排気量のオートバイで省エネルギー&高出力を実現しようというものだ。

たとえば300ccで100ps、それでリッター40kmくらい走るオートバイ!?

そんなオートバイが出現してきたらいいじゃん!! それこそコンパクトで軽量なピュアスポーツバイクが出来上がりそうだ。

クルマの世界ではハイブリッド車がすでに主役の座に着いていそうな現在、オートバイも環境対策の必要が目前に迫られている。それをモーターなどではなく過給器に着目するという、カワサキならではの思考。とても素晴らしい決断をしたと思う。

 

断わっておくが、僕はモーターを動力とした電気バイクを否定しているのではない。また環境対策に無関心なわけでもない。

諸行無常とはよく言ったもので、時代は確実に変わるのだ。誰が駄々をこねようが何しようが、オートバイの世界でも1000ccで200psを誇る時代は間もなく来なくなるのだろう。

いまや世界のすべての自動車メーカーが、その存続をかけて環境対策車の開発に血眼になっている時代だ。なによりも地球環境を思いやり、またいずれは枯渇する化石燃料を思いやり、省燃費に徹することがプライオリティNo1なのである。当然ドライビングやライディングを楽しむことは二の次、ましてや心地よいエキゾーストサウンドに酔うなんぞはご法度になるのだ。

 

私見だが、オートバイライディングはとてもスポーツ性が高いと思う。基本的にバランス感覚が必要で、五感を最大限使って、身体をたくさん動かして、そして上手下手は別として心の底からライディングを楽しむ。汗(ときには冷や汗?)をたくさんかける乗りものなのである。

電気バイクではそれができないなどというつもりはない。まあ、実際のところまだそれに乗っていないからなんとも言えない、と言ったほうが正しいかもしれない。

ひとつだけ言えることは、僕らが乗ってきたいままでのオートバイは、とても人生を豊かにさせてくれた存在であるということだ。だからといってオートバイをいまのまま未来永劫存続させることは不可能であるということも理解している。

そう、もうすでに環境対策オートバイを真剣に論じる時代なのだろう。

 

未来のオートバイに対して、ひとつだけメーカーに言っておきたいことがある。それは環境対策という御旗と引き換えに、本来オートバイが持っているスポーツ性を失うような乗りものには絶対にしてほしくない、ということだ。

これは単なる僕の我儘、子供の理論、自己中心的な考え方なのだろうか。否、ライディングを楽しめなければオートバイなんぞ乗る必要があるまい。環境に優しく、それでいてスポーツライディングが楽しめる乗りものにすべく、みんなで未来のオートバイというものを一生懸命考えていきたいものである。

 

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文とは関係ありません写真シリーズ;^^A

28日のガレージセールに出るR600K7のホイールです。ZZR1100のSTDホイールもあります。ホンダCBR1000RRのパーツもあります。もちろんGSX?R1000のもね!!

 

 

ニンニクよりショウガ!

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立春を過ぎたというのに、冬の最後の抵抗で寒い日が続く。

先日、古傷の腰痛が... なんてかいたけど、なんとそれは風邪が原因だったりして;^^A

 

腰の翌日には関節の節々が痛み、背筋がゾクゾクしてきた。ありゃ、もしかするとこれは腰痛じゃなくて単なる風邪じゃん... 俺は2年にいっぺんくらいしか風邪をひかない、といつも豪語しているのだが、若干早めの1年半ぶりくらいに風邪が僕を襲ってきたようだ。

なにかと忙しいから仕事を休むワケにもいかない。こりゃ葛根湯でも飲んで栄養たっぷりの晩飯食ってスタミをナつけて... だけど食欲がイマイチで肉とかニンニクとかは食べる気がしなっかた。

ここで思いついたのがショウガだ。ショウガは体を温める効果があると何かの本で読んだこともあるし、まずはショウガ湯のイッキ飲み。うん、なんか体がポカポカしてきたぞ。

つぎは蕎麦を茹でて、ネギとおろしたショウガを大量に入れ、ふうふう言いながら食した。さすがに暑くなってきて、部屋の中でも着ていたダウンを脱ぐ。

うし、今だ! Tシャツを脱ぎ棄て体中の汗を拭きまくって、新しいTシャツとパンツに着替えて速攻で寝床に入った。

 

...ショウガの効力恐るべし。ショウガ三昧の夕食を続けたら、今日までの3日間というもの、無事に業務をこなせました〜(^^)V

 

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これだけカーボンまみれのバルブは久々に見ました。オイルトラブルでコンロッド大端部メタルが逝ったハヤブサから激写したヤツです。

 

季節の変わり目は...

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長い間ライダー生活を送っていると、古傷のひとつやふたつ疼くことがある。

このごろなんか腰がずーんと重苦しくて...

 

この腰は筑波サーキットの第1コーナーでやったヤツか。

まだ駆け出しのレーサーだったころ、発売されたばかりのTZ350で(しかも他人の!)ハイサイト、思いきり腰を強打したことがある。翌日、僕の可愛いお尻を鏡で見たら、右側でん部が一面青アザとなっていた。それはまるでケツに唐獅子牡丹の刺青をしたかのようだった。 

このときは椅子に座ると激痛モン、かといって寝ても寝返りは打てないし、なんと2本足で立っているのがいちばん楽だった...

と、ここまで書いて思い出した。もっと腰を強打していることを。

 

それはまたまたレプリカ狂乱時代のこと。新型になったガンマ250を迎えて「激走ガンマ5,000km!!」と題し、二輪専門誌で第1特集企画が組まれた。編集部のある東京中央区八丁堀を基地に、首都高速→中央高速→小牧JC→東名高速→首都高→編集部という1周約700km強のコースを昼夜関係なくぶっ通しで7周し、5,000kmを激走するという、いわばニューカマー歓迎企画だった。

ちなみに企画遂行に与えられた時間は締め切り間際ということもあって、なんと3日、72時間。僕を含めテストライダーは3人交替で乗る。現在の二輪雑誌企画ではありえない企画かもしれないが、当時はこんなバカで勢いのある企画ばかり。そしてこれがまた読者にウケたのである。ああ、よき時代だった。

 

その激走5,000km、時は2月。このころの冬は今よりも確実に寒かった。曇天の怪しげな天候の下、僕は前のライダーからバトン、じゃなかったガンマを受け取り、首都高から意気揚々と中央高速に乗り入れる。今でもそうだが中央高速は八王子を過ぎると途端に気温は下がり、談合坂あたりからは寒さとの戦いになる。そして甲府を過ぎあたりでいよいよ空からみぞれっぽいものが落ちてきた。

そして事態はついに恐れていたことになる。みぞれが韮崎で完全な雪に変わったのだ。ヘルメットのシールドに雪が積もり、視界がゼロになってしまうので、この天候の中シールドを開けて走ることを強いられる。

「このままだとかなりヤバイ、どうするか...」

と考えていた矢先、高速道路の電光掲示板に「この先チェーン規制」の文字が... もちろんチェーンなんか持っていない。所持しているのはホッカイロぐらい。

とにかく高速を降りて編集部に電話しよう... 僕は須玉ICで降りてこの惨状を編集部に電話した。受けた指示は最寄りのファミレスに避難して編集部からの4輪救助隊を待て、というものだった。とはいうものの、この国道沿いのどのくらい先にファミレスがあるのだろうか... とにかく僕はファミレスが近くにあることを祈りって雪の中、ガンマを走らせた。

 

雪はどんどん強くなり、あっという間に路面に15cmくらい積もり始めた。僕は前の4輪が走った轍の跡をトレースするようにガンマを走らせる。こうすればこの雪でも20km/hくらいのノロノロスピードならなんとかなるからだ。

だが恐ろしいのは信号だった。赤信号に対し、雪を考慮してフロントブレーキをそっとかけたつもりだったが、ハンドルがいきなりフルロックするまで切れた。思わず足を出して転倒だけは免れた。

これを機に、交差点ではゆっくりひとつずつシフトダウンしてエンジンブレーキ主体に、ブレーキはなめす程度で止まるテクニックを駆使した。黄信号は安全を確認してできるだけパス(いちど黄信号で止まろうとしたら交差点の真ん中で停止してしまった)した。

 

しかし、しかしである。このテクニックに溺れたワケではないが、赤信号でついに転倒を喫してしまう。いきなりフロントが切れた。速度が極遅なのでガッシャーンではなく、ボテンというコケ方で当然僕は無傷だった。

あちゃー、やっちまった、とにかくバイクを起こさなきゃ...

起き上った僕の視界に映ったのは、スピンしながらこちらに突っ込んでくる後方のクルマだった。ガンマを飛び越えて逃げようとした次の瞬間、僕の腰部に激痛が走った。

 

このあと、企画は僕抜きでなんとか5,000kmを撃破した。企画のページの最後を飾る、お約束の終了バンザイ集合写真には病院を退院(脱走ともいう)して、杖をつきながら参加した...

 

あっ、なんのことはない、また昔話シリーズになっちゃいましたね;^^A

 

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2月28日のガレージセール商品第2弾!! 新品の秋吉レプリカヘルメット、新品革ジャンなどなど。

お楽しみに〜(^^)V 

 

 

 

 

ふらりと...

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ケンツがお休みの第三日曜日の今日、オートバイで走り回った。ハイ、昨日から続くポカポカ陽気に誘われて、です。

 

サーキットでのスクールや雑誌のテスト、ケンツツーリングと、オートバイに乗る機会は少ないわけではないけど、よく考えてみるとソロツーリングはホントに久しぶりだ。

箱根や伊豆のワインディングへ足を延ばすことも考えたけど、休日で混んでいるだろうし、夕刻に都内で所用もあったから、高速道路を適当に走って好きな蕎麦でも喰いに行くことにした。

昨日今日の暖かさでだろう、高速道路ではツーリンググループも多く見かけた。いよいよオートバイシーズンに突入したって感じで、なんかウレシクなっちゃいましたね。

蕎麦も美味しかったし、ソロだから自分のペースで走れたし(そんな飛ばしてませんよ)、うーん、こんな休日もたまにはいいな。久しぶりに命の洗濯をジャブジャブとした気持になった。

 

で、その帰り道、快適だった高速道路から首都高速に入ると気分はトーンダウン。

いつも思うんだけどオートバイにとって首都高速は気ばっかり遣ってちっとも楽しくない。車線自体が狭く感じる(実際に狭い?)から隣を走るクルマとかなり近いし、すぐ横にある側壁はオートバイにとって凶器にも映る。路面の継ぎ目は必ず鉄製だし、非常にバンピー... おまけに4輪車と同じ料金てのもよろしくないよね。

 

まあ、首都高速は人一倍安全に走って、夜の8時過ぎに無事ケンツに帰還しました(^^)V

 

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都内でパチリ。場所は佃煮が美味しいところです。

 

 

 

あの日のスポーツ走行。

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今まさに生暖かい春一番がビュービュー吹きまくっている。

うれぴー、やっと春が来ました。

 

3月に入ったら筑波サーキットから始まって、3週連続でレースのアドバイザー仕事が待ってます。

毎年なぜか筑波サーキットがレースアドバイザー仕事の始まりです。

 

筑波サーキットかぁ、僕はもう何周くらいここを走っているんだろう。数えたことはないけど。自慢じゃないけど僕は筑波がオフィシャル開場した翌年ぐらいにサーキットライセンスを取得しているんだよね。

当時の筑波サーキットといったら、上空ではヒバリがピーチクパーチク鳴き、周囲は建物がほとんどなく、見渡す限り広大な白菜畑だった。その白菜畑の中にガラス張りの近代的なコントロールタワーがそびえ立ち、その光景はなんとも異様に見えたなぁ。

 

モータースポーツ人口もそう多くなかったその時代、筑波サーキットはじつにノンビリしていた。休日はともかく平日のスポーツ走行なんて、もうほとんど貸切状態。

いや、正確に言うと平日のスポーツ走行はその日に走れるかどうかを前日に電話で確認しなければならなく、2台以上が集まれば走行可能、という決まりがあったのだ(たぶん)。つまり日祭日はともかく、平日のスポーツ走行予定表なんかなかったワケだ。

 

こんなこともあった。ある日いつものように筑波サーキットにTEL。

「明後日ですけど、スポーツ走行できますか?」

「なるべく友達誘って来てな。一人だけだと走れなくなっちゃうかんなぁ」

独特の尻上がり北関東弁でこう返答してくれた。まあ誰かもう一人くらいは来るだろうと僕はタカをくくり、その翌々日筑波に走りに行った。

 

ところがである。朝一番に筑波サーキットに到着したのはいいが、待てど暮らせどオートバイは僕しかいない。そしてお昼をとうに過ぎ、陽がだんだん西に傾きかけたそのとき、サーキットの職員(後の所長だ!)が僕のところにやってきた。ああ、やっぱり今日は走れないのか...

「あのさぁ、今日はあんたのバイク1台とクルマが1台だけなんだよね。もっと来ないかと待っていたけど、もう時間がないから30分だけ走っていいや。そのかわりクルマといっしょな。なーに、あんたはよく走りに来るから大丈夫でしょ。なるべく反対側を走るようにすればいいさ」

...走りましたよ、30分間。その30分間、なんと不思議にもそのクルマとはコースで一度も絡まなかった!! 

こんな貴重な経験した人は少ないでしょうね。今では考えられない、この2輪4輪同時スポーツ走行はン10年前の出来事です。

これも時効の昔話でした〜;^^A

 

 

pic_01.jpgのサムネール画像 

新しくなった筑波サーキットのリーダーズボード。8位まで掲示でき、メインスタンドとパドック側の前後だけでなく、左右側面も掲示ボードになっているんだって。

 

 

 

 

久しぶりに大阪在住の友人からTELが来た。

レース現役時代の戦友のこやつ、コッテコテの関西人である。

 

三郷移転のことから始まり、今や挨拶言葉と等しくなったような景気の悪さのこと、そしてレースやオートバイの話、他愛もない世間話と進み、長電話となった。僕は調子に乗って最後のほうは関西弁を使ったりした。それが耳障りだったのか、いきなり

「そういうのエセ関西弁て言うんやで」

「エセ関西弁? じゃオマエ東京弁しゃべってみぃ」

ちったぁ自信があった関西弁をエセと切り捨てられて、こう言い返した。

「東京の言葉って標準語違うん?」

「いや、東京の言葉は標準語と違う。あのな、ヒャクエンじゃなくてシャクエンなんだぞ。これが東京弁さ」

冗談のつもりでデタラメなことも教えた。

「練馬区にヒャクジイコウエンという公園があるんだけど、それもシャクジイコウエンと言っているくらいなんだ。ヒャヒヒュヒェヒョがみんなシャシシュシェショになっちまう」

「へー」

いつもだったら最後に、バカ、そんなのウソにきまってるじゃん、と言うはずなのだが、僕はそのまま電話を切った。

コヤツが東京に来て、ヒャクジイコウエンはどこですか? と道を尋ねた、という伝説を作るのもそう悪くないだろうしね。

 

僕が知っている東京と大阪

○マクドナルドハンバーガー、呼び名は東京はマックで、大阪はマクド

○エスカレーターを歩く人、東京は右側で大阪は左側

○お好み焼きの切り方、東京は円中心対角線切(つまりピザと同じ)、大阪は四角く切る

もっとあるけど、500km離れているだけで違っちゃうから面白いね。

 

でも、くやしいけどメシは全般的に大阪のほうが旨かったりするんだよね...

 

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これは2月28日に行う大ガレージセールの商品です。価格はもちろんヒミツ。

このほかに新品ヘルメットやレーシングパーツ、純正部品とかいっぱい出しちゃいますよ〜

あっ、部品はスズキ以外のカワサキやホンダなんかもありますよ。あと福袋も!!

 

 

 

 

 

 

 

 

オートバイシーズン開幕も間近か!!

寒い冬をじっと耐えるからこそ、ご褒美に暖かい春が来るって誰かが言っていたなぁ。

 

風が吹かなければ暖かいこのごろだけど、昨日は強風がびゅんびゅん吹いていました。

朝晩の通勤では強風に負けまいとチャリを一生懸命漕いだけど、向かい風のときってぜんぜん前に進まないんですね...;^^A

 

道路にはいろんなモノが飛び交って危なかったし、電線はブルブル震えて光ケーブルでインターネットを接続しているケンツはモロに被害を被り、接続不可能な状態が数時間続く始末。

テプコひかりの工事部隊が来てくれてなんとかなりましたけどね。

パソコンのインターネットとメールが使用できないと仕事にならない... やはり現代社会の仕組みにどっぷり浸かっています;^^A

先日は電話機の主装置が突然壊れたけど、これが重なっていたらホント、臨時休業しなきゃならんかったですね。

 

昨日は北風だったけど、これが南風なら期待していた春一番ということになる。なんと天気予報によると春一番は18日くらいに吹くんじゃないか、なんてウレシイ予想もしてくれています。

でも、あれれ? ちょっと鼻がムズムズしているんですけど... いやいや少し鼻風邪気味なだけでしょう。

荒野の野生児を自認している僕が、花〇症なんてなるわけない。いつぞや林道ツーリングの途中で、まっ黄色な花粉が飛び交う林の中に突入してもクシャミひとつ出なかった僕ですから。

来月あたりに「やっぱりあれは鼻風邪でした」なんて報告をしちゃいましょう(余裕)。

 

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なんか、こういう写真ってわりとカッコよくて好きなんですよね。GSX-R600K7のSさん、3月の筑波TTでデビュー戦です。同じくNさんも... 1回のレースは10回の練習に匹敵するくらい、いろんなことを学べます。頑張って楽しんでくださいね!!

 

悪ノリで昔話シリーズ... 

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書いた本人がビックリするほど反響が大きい「昔話ブログシリーズ」。

んじゃあと、ワル乗りしてもうひとつ... ネタは尽きない?

 

時はやはりレーサーレプリカ狂乱時代。

Aメーカーが画期的な2サイクル250レプリカを発表、その発表試乗会が某サーキットで開催された。

5〜6台の試乗車が用意され、それぞれの二輪雑誌テストライダーが一斉にコースへ飛び出して行く。

当時僕はバリバリの国際A級現役ライダー、誰よりも速く走らんと1周目から飛ばしていった。

3周目くらいだっただろうか、前車をすべて抜きまっくて調子に乗り(試乗会はレースじゃないっての! よくカメラマンにそう怒られました;^^A)、さらに後続を引き離そうとS字コーナーに突入したその瞬間、 リヤタイヤがいきなりロックした!!

瞬時にクラッチを切り、流れるリヤタイヤを必死でコントロール、グラベルに飛び出したもののなんとか転倒だけは免れた。

「焼き付きやがった...」

転倒しなかったことに安堵しながら、僕はグラベルでレッカー車を待った。

 

ピットに戻って心配顔の担当編集者に一部始終を話したが、その編集者曰く、

「じつは川島さんがコースでストップしたあと、調子が悪いってふたりのライダーがピットに戻ってきたんですよ。ひとりはエンジンからへんな音がしてましたよ」

なんだ、焼きついたのは僕だけじゃないんだ。この事態を受け、2回目の走行枠は全車点検のためキャンセルとなった。

その時間だったと思うが、Aメーカーのチーフエンジニアが僕のところに来て、トラブルをこう釈明した。

「ご迷惑をかけてスミマセンでした。原因はプラグトラブルで焼き付いてはないです。プラグの電極が落ちてエンジンロックしたんでしょう」

あの... 僕、レースで何度も焼きつきトラブルを経験してますので... その辺りはワリと経験値でわかりますけど... だいいち、グラベルでエンジン再始動したらガラガラいいながら回ったんですけど... プラグの電極が落ちたらエンジンがかからないでしょ...

こう言いたかったが、グッとこらえてやめておいた。

 

で、その翌々日くらいだったか。締め切り間際で時間がなかったと記憶しているが、とにかく無理を言ってそのAレプリカをメーカーから借り出したのだ。目的は

「独占!! A250vsC250富士スピードウェイ比較対決試乗!!」

といったようなタイトル名の第1特集企画のためである。

早朝の富士スピードウェイのパドックに、疲労困憊といった表情のメーカーエンジニアが約束の時間ギリギリ、トランスポーターでA250は持ち込まれた。寸前までキャブセッテイングしていたようだ。

「もうご迷惑はおかけしませんから...」と疲労の中にも明るい表情を見せた。

対する迎え撃つC250はというと、けっして余裕しゃくしゃくというわけではなく、こちらもメーカーエンジニアが直接富士に持ってくるという体制だった。

2車比較試乗ということで、ライダーは僕がA250に乗り、もうひとりのベテランテストライダーがC250に跨った。まずはカメラマンがヘアピンに待機、それぞれの単独走りを撮ってから、本日のメインとなる2台のからみ写真を撮影するという手筈である。

ピットロードを気持ちよく加速し、1周目は体とバイクを温め、2周目に入る。第1コーナーから100Rを過ぎ、うん、さすがセッティングしただけあって調子いいなと思いつつヘアピンに突っ込む。

 

と、突然誰かにリヤブレーキを踏まれた感覚に襲われた。なんと3日前の再来である。しかし今回はリヤタイヤがスライドする前にクラッチレバーを瞬時に握ってそのまスローダウン、事なきを得る。

...また、またかい!! 

徐々に速度が落ちて停止する寸前、試しにクラッチミートしてみる。するとA250は軽い異音を発しながら再始動した。そう重症な焼き付きではないと判断、僕はそのままスローペースでピットに向かった。今回はプラグトラブルと言わせないため? そうだったかもしれない。

 

ガラガラ音を伴ってなんとかピットに戻ると、なんとそこにはガソリンタンクを外したC250が停車しており、必死でなにかの作業をしていた。

ピットにいるすべての関係者(もちろん貸し切りだから関係者しかいない)の視線が、一斉にピットインしてきた僕とA250集まる。すぐさま駆け寄ってくるA250のエンジニア。

「どうしたんですか?!」「うーん、ちょっとエンジンがおかしいみたい」

僕はオブラードに包んだ言い回しで答えた。 顔から血の気が引くAエンジニアは僕からテスト車をひったくるようにしてピットの中に持って行った。

「おい、C250はどうしちゃったの?」

僕のこの質問に編集者が答えた。

「同じく壊れちゃったみたいです... あの、川島さん、この企画どうします? どうすればいいと思います?! 今日がもう締切ですよ! 本が出なくなる〜 真っ白いページになってしまう〜!!」

半泣きの編集者... もうAメーカーとCメーカーに広告としてページを買ってもらうしかないんじゃないの?

 

これも25年以上前の出来ごと、もう時効でしょうから、関係者のみなさん、許されい!!

 

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文とは関係ありません写真シリーズです;^^A ケンツ チャリ通勤同好会(2名)のウエポン。

奥が僕ので手前はデカチョーの(高いんだって!)ヤツです。

ちなみにシュニンは1回通勤しただけで脱退しました。パチンコでゲットしたチャリじゃダメだったらしい...

落し物ですよー

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先日の夜のこと。

脇のコンビニから出て来た原チャリスクーターが、僕のクルマの前方に強引に割り込んで来た。

それは僕が軽く急ブレーキを踏む感じのシチュエーションだった。

 

原チャリは悪びれる様子もなく、大股開きで加速していく。まあ僕はオトナだからムカつくわけでもなく、ホーンを鳴らすわけでもなく、その原チャリの後方につく感じでそのまま走り続けた。

3〜400mも走ったか、原チャリライダーのジャケットからなにか物体がポトンと落ちたのを目撃した。うん? ゴミでも落としたのか?

その物体は目の前の路面に落ち、僕は反射的にハンドルを切ってそれを避けた。避けつつ、レースで鍛えた動体視力?でブツを確認、二つ折りの紙切れとそれに挟まれた黒い名刺入れのようなもの、と瞬時に判別した。

10数メートル前を行く原チャリは、その落し物にまったく気がつかずに走り続ける。

もしかするとあれは免許証入れ? サイフ? うーん、やっぱ教えてあげなきゃ。幸い次の信号が赤となり、僕は原チャリの真横に停止、クルマのサイドウインドウを開けた。

次の瞬間、

「なんだよ! なんか文句あんのかよ!!」

ドカヘルに傾斜角45度のメガネをかけた原チャリあんちゃんはこう叫んだ。僕が何も言う前に、である。コンビニの出方に文句言われると思ったのだろう、先制のジャブを出してきたワケだ。

「あのさー、あなたなんか落としたよ100mくらい後ろで」

えっ、という表情でジャケットのポケットをまさぐる原チャリあんちゃん。そしてバツ悪そうに、

「すみません...」

あわててUターンして行ったけど、目の前の信号はとっくに青。後方のクルマたちは僕と原チャリがケンカしているのかと思ってだろう、ホーンのひとつも鳴らさないのが面白かったというかなんというか...

みなさん、落し物には気をつけましょうね。とくに強引に割り込んだときは!?

 

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原チャリと言えば、だいぶ前に入手したGAG。そろそろ走れるようにしよっと。

 

Tカーつき!!

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300km/hオーバー劇場の反響がよかった(仲間内だけか?スミマセン)ので、また思い出シリーズです。

 

ときはレーサーレプリカ全盛時代、これでもかこれでもかと次から次へスパルタンなオートバイが世に送り出されていたころの話だ。

某二輪専門雑誌のテストライダー兼ライターをフリーで務めていた僕は、それこそ毎月仕事で筑波サーキットと谷田部テストコースを走りまくっていた。そう、世の中はレーサーレプリカのサーキットベストラップや最高速度、ゼロヨンといった動力性能に関心が集まっていた時代だったのだ。

〇〇250XXでついに200km/hオーバー!! とか、〇〇400RRは筑波ラップ1分4秒台をマーク!! とか、オーバー1000ccで史上初のゼロヨン10秒台!! なんていう景気のいいタイトルの特集で二輪雑誌は売れに売れていた。性能がよいと雑誌で評価されたオートバイは市場で売れるから、その動力性能のヒートアップはすごかった。

まあ、今から思うとすべてがシンプルで非常にわかりやすい時代だった、とも言える。みんなオートバイに速さを求め、それに憧れていた時代だったんでしょうね。

 

谷田部テストコースで2サイクル250ccレプリカの比較テストが行われたときだ。AメーカーとBメーカーの広報マン2人が、その定地テスト(ゼロヨンや最高速、ブレーキテストなどのコースで行う動力テストを総じてこう呼ぶ)に立ち会っていた。この時代、雑誌社のテストに広報マンが立ち会うことはそう珍しいことではなかったのだ。

ほぼ半日かけたその定地テスト、下馬評では断然トップだろうと言われたAメーカー250が、なんと僅差でBメーカー250に最高速とゼロヨンとも敗北してしまうという結果になってしまった。

B広報マンは当然ニコニコ顔、対するA広報マンはさすがオトナ、「Aさん、やりますねー」と多少ひきつりながらの笑顔、である。

やれやれと、計測機械を仕舞ったりテスト車両を4トン平ボディトラックに載せたりの後片付けをしていたときだ。もう帰ったはずのA広報マンがクルマでコースに再び戻ってきた。

「あれ、なにか忘れ物ですか?」「いや、じつはお願いがあるんで戻ってきたんです。谷田部のコース代とか宿泊代とかウチがすべての経費を持ちますから、もう一度定地テストをやっていただけませんか?」

テスト結果を会社に報告したのだろう、メーカーとしてはこの結果を絶対に受け入れられない、という強い意識がうかがえた。そのときA広報マンの目はあの星飛馬が魔球を投げるときのようにメラメラと燃えていたのだ。

 

それから1週間も経たなかった日に、2回目の谷田部テストはまだ暗い早朝の4時から開始された。まず、3回から4回ほど行うゼロヨン発進加速テストは、ホントの僅差でA250が逆転勝利する結果となった。

続いて1周6kmのオーバルコースで行う最高速テスト、まずはB250が前回よりも好記録をマークした。今度はホントに顔がひきつるA広報マン。

さあ、いよいよA250の番だ。僕はストレートは当然、45度バンクもスロットル全開で周回を重ねた。3周目くらいだったか、突然東側バンクの手前でエンジン音が変わった(チリチリ音がする!)。僕は反射的にクラッチレバーを握った。握ったと同時くらいにチリチリ音が大きなガラガラ音に変化する! そう、エンジンが焼きついたのである。僕はレースで幾度かエンジン焼きつきを経験していたこともあり、幸いにもアクシデントは避けられた。

 

数分後、計測班の編集部員とA広報マンが、4輪で僕のところに慌てて駆けつけてきた。

「大丈夫ですか?」「うん、大丈夫、コケてないよ。エンジンが壊れちゃったみたい」

A広報マンを前にエンジンが焼きついたとストレートな表現はできないので、僕はこのトラブルをオブラードに包んだ表現で報告した。

「2回くらい計測できたでしょ? どう?」「B250よりホンの少し遅いですね」

すかさず横にいたA広報マンが言った。

「あの、僕が乗ってきたアルミパネルトラックにもう1台バイクがありますから、それで最高速テストを続けていただけませんか?」

なんとTカーつきだったのかい!?

トラックのパワーリフトからウィーンと、ワークスマシンよろしくそのTカーは現われて来たのでした。

 

いまから20年以上前のこと、もう時効ですよね。最高速の結果ですか?

ご想像にお任せします...;^^A

 

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懐かしの当時の二輪専門誌です。なんか表紙文字にも勢いがあったなぁ。ちなみにこの表紙写真のライダーはもちろん僕です;^^A