2012年3月アーカイブ

 

スタート前.JPG

 

25kmを過ぎてからも気持ちだけは往路同様に走っているつもりなのだが、両脚が思うほど前に進まない。ヒザや足首、股関節など下半身のすべての関節がきしみ始め、あと15km以上もあるのに完走できるのだろうかと不安になってきた。その痛みと必死で戦って両脚をもがき動かしていたら、給水所まであと300mという看板が見えてきた。おー、給水所でエネルギーを補充して、水スポンジで脚を冷やそう。

ところがその300mの何と長いことか。走っても走っても給水所が見えないのだ。もしかするとあれは見間違いか幻想か、300mじゃなくて残り100mでこの看板を出してほしいなと思い始めたそのとき、前方に大きなテントが視界に入って来た。助かった、給水所だ...

いままではタイムロスを考えて給水所では走りながらバナナやコップを取って、それを走りながら口に入れるスタイルだった。だから取れるモノとか量が必ずしも理想とは言えない状況でもあった。しかし今回は違う。給水所のテーブルの前に立ち止まって、アンパンとレーズン、ザバスをしっかりといただいた。ほとんど立ち食いそば状態。周りを見ると、多くのランナーが僕同様にテーブルの前に陣取ってエネルギーを補充していた。僕はテーブルを離れ、給水所の先で両脚にスポンジの水をかけて冷やし、さらにストレッチをかます。立ち食いとストレッチはタイムロスになるが、考えてみるとものの1分か2分だ。歩くよりかずっといい。

 

30km地点の看板が見えてきたとき、「マラソンは30kmから」という言葉を思い出す。ううー、これからが本当のマラソンなのか。あと12kmちょい、普段だったらそんな距離は1時間15分ほどで走破するのに... しかし脚の痛みは距離を増すごとに激しくなる。左腕のストップウォッチは走り始めてから3時間20分を示している。ああ、目標の4時間30分台でのゴールはムリか... こうなったら絶対4時間台でゴールしよう。4時間59分でもいい。ということは残り12.195kmを1時間35分で走ればいいんだ。計算すると1kmを7分30秒ぐらいでなんとかなりそうだな、よし、目標はkm7分30秒だ!

僕は半分もうろうとしたアタマで計算し、気合いを入れ直した。しかし走り終わったいま計算してみると、折り返し地点から30kmまでの9km弱に、なんと1時間17分以上かかっているのだ。そのペースはじつに8分以上かけて1kmを走っていることになる。

そのときのアタマでは、そんな緻密な計算ができるハズなく、とにかく「km7分30秒、km7分30秒」と呪文のように唱えて痛む脚を動かし続ける。だが現実はそんなに甘くないのだ...

 

 

フルマラソンで見かける、いわゆる被りモノをまとって走るコスプレランナー、この板橋Ctiyマラソンでもけっこういる。クマやパンダ、バイキンマンとかのコスプレランナーを序盤で抜いて来たが、正直言って僕には目立ちたい精神だけのおちゃらけにしか見えなかった。

そんなとき30数kmを過ぎた地点で、ピンクのウェディングドレスを着たランナーに抜かれかかった。ふわふわで歩くのも大変そうな長めのドレス、頭から顔にかけてレースの飾りに加え、ブーケまで持っていた。これを見た僕は唖然とした。そんなカッコでここまで走ってきたのか! そんなの脱いじまえばメッチャ楽に決まっているのに! そしてその正体はまぎれもなくオトコ。苦しそうな表情で僕の隣に並び、僕を抜こうとする。花嫁に抜かれてたまるかとしばらく並走するが、アンタはエライ、スゴイよ。ただの酔狂でそのカッコして走ってんじゃないんだな。そのカッコで42.195kmを走り切ろうと必死にもがいてるんだな。あのクマさんやパンダやバイキンマンも頑張っているのかな... コスプレランナーを見直すどころか、彼らにパワーをもらってしまった。

BAIKINMAN.JPG

 

 

ここからが地獄と言われる35km地点がやっと見えてきた。正直言ってどのくらいのタイムで通過したか覚えていない。ああ、このままじゃゴールは5時間を数分超えてしまう、もっとペースアップしなきゃ、という思いでアタマがいっぱいだったから、たぶん4時間ちょうどぐらいだと思う。脚、とくにヒザの痛みはピークに達しようとしていた。

このときは数100m走って脚のストレッチ、また数100m走ってはストレッチ、この繰り返しだ。周りを見ると歩いているランナーも多い。あと7.195kmじゃないか、ほれラストスパートだ! 気持ちははやるが両脚がいうことをきかない。それでも両脚を動かし続けていたら、しまいには走っている自分が上空から見えたような幻想にまで襲われ... いよいよ幽体離脱かぁぁぁぁ!!

周りもみんな苦しそうで、大勢のランナーが走っているというのに、なぜかすごく静寂さを感じたのが印象的だった。

 

 

いっそのことゆっくり歩いちゃうおかな。止まってしばらく休んじゃおうかな。どこかに腰かけたいな。完走するだけでもいいか、前日まで風邪引いて熱があったしな。

ああ、そんなのダメだ、オレはいつもこんなふうに諦めちゃったよな。苦しいと投げ出しちゃうんだよな。いつも人様に偉そうなことばっか言ってるのに、それじゃニセモンじゃんか。なーんにもできないヤツになっちゃうじゃんか!! 

左肩の悪魔のささやきと右肩の天使のささやきに翻弄されながら、とにかく1歩1歩脚を前に出す。そうだ、こうしていれば30cmでも40cmでもゴールに近づくじゃんか。

 

例によって給水所で完全停止し、アンパンとバナナをほうばり、水を飲む。ストレッチする前に、靴の中に入った小石を取り去るために初めてシューズを脱いだ。足元は前日の雨でぬかるんでいるから片足で立ちながらその作業をしようとしたら... 見事に尻もちをついた。片足でバランスよく立っているのはもはやムリだ。断わっておくが心肺機能は全然問題ない。ただただ脚が痛いだけ、このことはケイに聞かされていたが、これほどとは... 

 

それでも脚を動かし続けていたら、あと5km、4kmと42.195kmのゴールが近づいてきた。本人は走っているつもりだが、もはや傍目では手を振った早歩きくらいにしか見えないだろう。

39kmちょい過ぎだったか、

「足が痛いのは気のせいだ。残り3km、ガンバレー!!」

というプラカードを持った人が沿道にいて声援を送ってくれていた。おお、そうか、痛いのは気のせいなのか。思わず笑みがこぼれ、同時にこの人は絶対にフルマラソン経験者だなと思った。

この辺りになると沿道の声援に、本当に勇気づけられる。序盤は沿道の声援に対して、そう力をもらえるような気はしなかったのが不思議である。

やっとの大台、40km過ぎでは、

「あと2kmだよー! ここまで走って来たみんな、すんごいカッコいいよー!!」

と、若い女性が叫びまくってくれていた。そうか、オレってカッコいいのか。あと2kmちょい、痛ぇのなんのって言っている場合じゃねえぞ。しかし腕時計を見ると、4時間53分。あと7分ほどでスタートからちょうど5時間となってしまう。念願の4時間台が夢となってゆく...

 

あと1km、。知り合いのランナーを探そうとしているのか、沿道のギャラリーがとても多い。このころは小雨が降り出し、もうランニングウェアは汗と雨でぐちゃぐちゃだ。

あと300m、いよいよゴールが見えてきた。腕時計は5時間7分を指しており、それならなんとか10分は切ろうともがくが、そのたびに脚がもつれる。いまはとにかく脚を前に出すしかない。そうだ、こうやって数ミリでもいいからゴールに近づこう。

 

そしてついに5時間と9分でゴール。僕にとって3年越しのゴール、最後に数人を抜く荒業は僕の性格上のものか。とにかく42.195km、シニイクカクゴ(あのマラソンランナー、千葉真子選手がフルマラソンを評して言った有名な言葉だ)の奮闘はこうして幕を閉じた。

ゴール.JPG

 

 

 

 

 DSC_0328.JPG

3月18日の日曜日、予報通り曇天の朝。僕は大型のスポーツバッグに着替えと水、栄養ゼリー、そして念のための風邪薬をブチ込む。そして思ったより寒そうなのでフィールドコートの下にダウンを着こみ、家を出た。目指すは戸田橋、そこまでの足はスクーターである。

ガラ空きの298号をスクーターでぶっ飛ばしながら、あと数時間で始まる42.195kmの未体験ゾーンに不安と期待を感じながら。少々感慨に浸る。そう、3年越しでやっとスタートラインに着けるのだ。

 

この日は5時半に目覚め、布団の中ですぐに体温を計った。35.7度の平熱。ヨシッ、神様は今日のフルマラソン出走OKを出してくれたぜ! 

このブログをご覧になっている方はご存知だろうが、こともあろうに人生初のマラソンを週末に控えたその6日前の3月12日、僕は見事に高熱を出した。体温は38度オーバー、顔は火照っているが背筋には悪寒が走る。ああ、やっちまった...

 

 

「えっ、出れなかったの?」「熱があったんだって」「風邪ひいちゃったらしいよ」「震災で中止とかで、なんか3年越しだったにのね」「ふーん、かわいそうだね」

もしこの風邪が原因で僕がフルマラソンをキャンセルしたら、後々その事情を知ってみんなこう伝え合うだろう。

だがヒネクレている僕には、その言葉の裏に

「ま、ビビったんじゃないの」

という意味合いが読めてしまう。

こんな絶妙なタイミングで風邪引くかぁ? 結果的に自分の体調管理がよくなかったんだろ? そういうのもメッチャ悔しいし。だいいちオレは今回の3月18日のために、この3年間という間にいったい何km走ったんだよ!

おーし、ぜってぇ出てやるぜ!!

 

翌日の火曜日に病院に行って注射の1本でも打ってもらおうと思ったが、この日は1日都内で会議、帰宅は午後7時過ぎ。薬局でン千円もする栄養ドリンクと解熱剤&風邪薬を買い、汗が出そうな生姜スープを夕食にして、その後は死んだように睡眠をむさぼった。おかげで翌水曜日はなんとか37度台までさがったけど、この日も税理士と決算の打ち合わせがあり、安息日とはいかなかった。

そしてケンツ定休日の木曜日、やっと安息日になる。1日たっぷり休息をとったのだが、37度台をキープしたまま、翌日の金曜は筑波TTレースのアドバイザーとして筑波サーキットへ出張。この日が一番しんどかった。やはりこの体調でフルマラソンは無理かな、ビビったと思われても仕方ないか、身体が一番大切だし... 白状すると、そこまで弱気になっていた。

 

翌日の筑波TTレースの決勝日は朝から雨。しかしなぜか寝起きの体温は35.9度とほぼ平熱まで戻っているではないか。よし、今日1日が勝負だ、そう自分に言い聞かせ、仕事中でも2時間置きに体温を計り、汗をかいたら裸になって身体をきっちり拭き、たくさん持ってきたアンダーシャツに着替えた。栄養ドリンクと風邪薬をお供に仕事を済ませ速攻で帰宅、午後9時半にはベッドに入った。就寝前の体温は35.7度。おお、平熱じゃんか。明日は出るぞぉ、走るぞぉ!! ...しかしこの1週間、走るという行為はおろか、ストレッチすらやっていない、なーんにもやっていないという現実が、寝入り間際のボケ頭に浮かんできた。

まぁ、ナンクルナイサ。とりあえず明日はスタートラインに着こう。

 

思えば3年前、完走出来る自信はまったくなかったけど、フルマラソンにチャレンジしてみようと走り始めた。1年間走って迎えた2010年3月の大会は、突然の春の大嵐であえなく中止。そしてまた1年間モチベーションを保って走り続けたが、昨年の3月は東北大震災で当然中止。昨年の前半は震災の影響もあって、さすがにモチベーションが切れかけた。しかし思い直せたのは、スポーツの素晴らしさが被災した人々に勇気を与える一面を垣間見たこと、そして神様がもっとトレーニングせい!と僕に言ってくれているような気がして、また走り出すことができた。

一大決心して、そのために3年間自分なりに走って走って走り抜いてきた。今年こそ、の思いを胸に。それなのに今度は自分が原因で、またまたスタートラインに着けないなんて、ぜってぇヤダ!!

 

 

スタート&ゴールラインでもある戸田橋の荒川土手には7時15分ごろ到着した'。そりゃもう想像通りというか、以上というか、すごい人、人、人だ。1万8千人が走るんだから当然か。あたふたと受付を済ませたが、着替えはどうする、荷物はどうするの? 更衣室は超満員だし、下は昨日の雨でぐちゃぐちゃだし、とにかく勝手がわからずモタモタしていると、ケイから電話が来た。

「川島さん、トイレの反対側の土手に梨本塾のノボリを立てています。そこにいますから」

こうしてやっと仲間に会えた。そこには手際よくブルーシートが敷いてあって、さっそく戦闘服、じゃなかったランニングウェアに着替えた。予想より寒いし病み上がりなのでアンダーアーマーの上に長袖シャツを2枚、その上にTシャツを着る。ボトムはCWXランニングタイツの上に短パン。暑くなったらいつでも脱げるスタイルとした。

荷物を選手荷物管理所に預け、トイレに並んでいたら、もうスタート時間の9時にあと数分となる。ゼッケンナンバー順というスタート位置に並ぶが、スタートラインは遥か前、周りに選手と一緒にスタートラインまでモソモソ歩くこと10数分、やっとスタートラインが頭上に見え、僕は腕時計のストップウォッチを押して駆け出した。さあ、42,195kmの未体験ゾーンの始まり、一体なにが待ち受けているんだろうか。

 

走り出して2km、思ったより周りのペースは遅く、1km6分15秒程度だ。こりゃ少しペースアップしなきゃイカンと思ってはいるのだが、着こみすぎたせいか汗が異常に噴き出している。練習では2km程度でこんな汗をかいたことなし、おまけに軽い頭痛もする。やはり体調がすぐれないのか... 早くも焦ってきた。とみかく水が欲しい、給水所は? 確か第1給水所は4.2km地点だったな、まいったな...

と反対側、つまり復路に給水所が見えた。あとでコース図を見ると。そこは40km地点の第14給水所だった。当然復路だからーブルに飲み物を並べる準備中で、僕は一瞬迷ったが、このままではいずれ走れなくなると思い、反対側の第14給水所に飛び込んだ。

「水、もらっていいですか?」

「??ど、ど、どうぞ」

まさか往路から早くも給水を懇願するランナーが現れるとは思っていなかったのだろう。その係員は一瞬ためらったようだが、顔を火照らした僕を見て断れなかったのだろう。

早速ペットボトルの水をひと飲みし、顔にかけ、頭にも少々かけ、長袖を二の腕bまでまくり上げ、再び走り出した。この水のご利益か、暑さが落ち着き、頭痛も治まってきた。さらに4.2kmの第1給水所でザバスを飲み、すると5km地点では通常の感じに戻ってきた。しかしあとまだ37km以上もある。いやいや、この時点で残りを考えるなんてまだまだ早すぎる。まずは1?6分オーバーじゃ遅すぎるのでペースアップしよう。少々余裕が出てきたので周りの状況を把握することにした。?6分以内で走っているランナーを見つけ、その人をペースメーカー&ウィンドブレーカーとして後ろに着き、黙々と走ることにした。このペースだと抜かれるより抜く方が多い。しかし女性ランナーが思ったより多いな。おっ、前におばあちゃんランナーがいるじゃないか。

この大会、ゼッケンに小さく出場種目と名前、年齢(何歳代)が書いてある。おばあちゃんのそこには「70歳」代! すごい、すごすぎる。フルマラソンに出場するスーパーおばあちゃんが僕の目の意前にいるなんて!

 

給水所では毎回必ず水分を補給し、バナナなんかも食べる。これを続けていると、序盤の異常な汗や頭痛がウソのようになくなってきた。給水してバナナや1/4に切ってあるアンパンを口に入れると、10分後くらいに間違いなくエネルギーが湧いてくるのだ。ケイに「絶対に食べたほうがいい」と言われていたが、それは正解だった。

コップに半分ほど入ったザバスを走りながら飲み干し、それをパッと捨てる。普段こんなことをやったら罰金モンだが、今日だけは許される。カッコいー、プロランナーみたい。こんなことを考えるなんて、このあたりまではまだ余裕があったということか。10km地点通過はペースメーカーのおかげで59分20秒ほど。もう少しペースアップしてハーフの折り返し地点ではなんとか2時間を切りたい。

15km地点、1時間29分40秒。まずい、ペースが落ちているじゃないか。パイロンに衝突して転倒した女性ランナーに、僕を含めて数人で乗り上げそうになったり、混雑する給水所でなかなか水を取れずに立ち止まることになったり、想定外のタイムロスが効いたか。

それでも20kmを過ぎ、大きな赤いパイロンが見えてきた。ハーフの折り返し地点だ。僕は右手でパイロンにタッチしながら小回りし、復路に入った。タイムは2時間2分2秒、2回ほど走ったハーフのベストとまではいかないが、それに近いタイムだ。よし、この調子で後半もいくぞ!

 

折り返して復路は高い土手を走ることになった。遮りものが何もなく、強くなってきた北風がまともに身体を襲ってくる。このシチュエーションを2-3km走ったら、今度は異常に寒くなってきた。スタート直後は大汗、こんどは長袖を手繰り寄せて手をすっぽり覆ってグローブ代わりにいしないと寒くてしょうがないほど。これほど寒く感じるということは、急激に身体のエネルギーが奪われていることだと、あとで知った。それでも1kmを6分のペースを保とうと必死で両脚を動かし続けた。

間もなく25km地点の看板が見えた。なんか変、徐々に両脚から力が抜けていく感覚と同時にヒザに痛みを感じ始めた。なにかあったときのためにと、短パンのポケットに入れておいた携帯電話だが、まるでそれが鉛のウエイトのような重さに感じて、脚が上がらなくなってきた。おいおい、股関節も痛み始めたじゃないか。

いままで経験したことのない脚の痛みとどう戦うか悩んでいたとき、「痛ぇー」と言いながら隣のランナーが立ち止まって歩き始めた。そうか、あんたも痛いのか、オレもだよ...

 

くそぉ、オレはぜってぃ歩くもんか...

 

 

 

完走。

| コメント(1017) | トラックバック(0)

 

先週の金曜日、発熱しながら筑波サーキットで仕事をしていたとき、マジに出場は無理だと思った。

だが翌日土曜日、1日中雨にたたられたの筑波TTレースを終え、速攻で帰宅し体温を計ったら平熱+0.5度くらいまでに落ちていた。

二日間筑波に通いながら、栄養ドリンクと解熱剤と風邪薬とサプリメントとショウガスープが食事のお供、そして出来るだけ摂った睡眠。最後は気合いもプラスしてなんとかここまで熱を下げた。

 

そして昨日、めでたく3年越しのスタートラインに着き、最後は激痛の両足を気持だけで動かし、3年越しで42.195kmのゴールラインに辿り着いた。

 

いまは下り階段がまともに降りれないほどの膝痛を始め体中の筋肉痛が、シニイクカクゴ間の記憶を曖昧にしている。その整理に少し時間が必要だ。

 

詳細はまた後日...

3d19b3f6-s.jpg

 

うーむ

| コメント(4745) | トラックバック(0)

 

やっちまった。

じつは昨日の朝からから熱っぽかった。

おいおい、今週日曜日のフルマラソン本番を前にしてそりゃないぜ、すぐに風邪薬を飲んだけど...

 

昨日はほぼ丸1日都内で打ち合わせだったけど、アタマが回らなかった(いつもか?)。

帰宅してから熱を計るとこの通り。僕の平熱は35.7度ほどだから、めっちゃイイ感じである;^^A

 

 

38.3.JPG

ユンケルと風薬を飲んで、ネギとおろしショウガたっぷりブチこんだお粥を食べて、早々にベッドにもぐりこんだ。

 

今日の朝は37.5度まで下がっていたけど、朝イチから約束があるので仕事は休めない。

週末の金曜土曜は筑波サーキットで仕事だし、はなっからマラソン前のハードスケジュールは分かり切っていたことだし。

 

ま、3日で治すさ。

 

 

 

 

 

荒川招集

| コメント(633) | トラックバック(0)

 

今日は午後から16℃になる予報。

うん、雨も早々に止んだし、空がどんどん明るくなってきたぞ。

 

先週末は筑波ロードレース選手権の開幕戦が賑やかに開催された。こうやってレースシーズンが始まると、とたんに陽気も気持ちも一気に春めいてくる。実際に3月を迎えて江戸川の土手も茶色一色から、ところどころ新芽が見られるようになってきた。厳しかった冬も、ようやく去ろうとしているのだ。

こうして冬が終わり、毎年オートバイシーズンが訪れる。おかげさまでケンツも季節の変わり目と同時に修理やカスタムの仕事が多くなってきた。

さあ桜吹雪を満喫するツーリングも、もうすぐそこだ。

 

さて、2本の脚で42.195km走る本番まであと12日。春の大嵐、震災と2年連続で中止となった板橋Ctiyマラソン、通称荒川市民マラソンだが、3年越しでやっと僕もスタートラインに立てそうだ。

思えば42.195km走ろうと決めてから今日まで一体何km走ったのだろうか。

カレンダーを見ると昨年の12月は120km、1月はちょうど100km、雪や雨で走る機会が減った2月は80km。もちろんこの3年間でサボリまくった時期もあるけど、1,500kmは超えているんじゃないかな。

だけどいくら積算距離が多くてもハーフの距離以上を1度も走ったことがないから、42.195kmに自信があるワケではモチロンない。諸先輩方の「35km過ぎは地獄の苦しみ」という言葉が耳に焼き付いているし、ましてや本番前日と翌々日はサーキット仕事だし、まあナンクルナイサの心境で臨むしかない。ケイは懺悔の42.195kmと言ってはばからないが、じつは僕もその気持ちが痛いほど分かるのでエントリーを決意したことをこの場で白状しよう。

ま、せいぜい苦しんでくるぜ、というMの心境さ、いまは。

今日も仕事が終わってから10km走って調整しよっと。

 

板橋マラソン.JPG

参加受理書が届いたが、ケイが言うには赤紙召集。

なかなかウマイことを言うよね。